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ミニマリストになりたい独身アラサーのブログです。

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サンタクロースを信じることは幸せなのか?

どうも。

独身アラサーのエセミニマリストです。
 
クリスマスイブですが、実家に帰っています。
クリスマスを実家で過ごすなんて何年ぶりでしょうか。

 

 
なんだか新鮮で意外な程に心穏やかです^_^
 
 
 
実家にいると、子どもの頃を思い出す。
クリスマスの時は
自分の背丈くらいのツリーを出して、
飾り付けをするのもメッチャ楽しかった。
 
年々ツリーが劣化していって
葉っぱの部分の破片がそこら中に散らかっていた。

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そんなことも御構い無しに無条件で楽しく浮かれていたクリスマス。
それは両親のおかげだな。
クリスマスが近づくとサンタさんにプレゼントをおねだりするために
手紙なんかも書いていた。
 
欲しかったものと誤差があっても嬉しかったし、お礼の返事なんかも書いていたような気がする。遠い記憶で曖昧だ。
 
子どもの頃は驚くほど、可愛い子どもだったのではないかと思う。
何を隠そう私はサンタクロースの存在を小学校高学年まで信じていた。
 
 
よく覚えていないのだが
寒かった冬のある日、クリスマスがもうすぐそこに近づいていた。
 
学校でクリスマスの話題になったのだろう。
小学校4.5年だったと思う。
 
サンタの存在についての議論が交わされた。
私は、サンタにお礼の返事を書いていたぐらいだから
もちろんサンタはいる派だった。
 
しかし、議論の方向はサンタなんていないよ。
みんな知ってるよね。当然じゃん。
満場一致くらいだったような気がする。
 
私は意見をする勇気もなく黙秘権を貫いた。
 
家に帰ってからも、モヤモヤが続いていた。
 
モヤモヤを抱えたまま寝ることができず、布団の中で
お父さんに禁断の質問をした。
 
「サンタっているよね?」
 
父の答えははっきりとは覚えていない。
 
もしかしたら、意識的に消したのかもしれない。
 
 
返答の内容は、
「サンタがいるかどうかはわからない。
もしかしたら、いないかもしれないね。
でも信じるのは自由だと思うよ。」
 
確かこんなニュアンスだったように思う。
 
 
サンタはいるよと、断言する答えを貰えなかった。
という事実を受け止めた小学高学年の私は心を痛めたのだろう。
もしかしたら泣いてたかもしれない。
これも記憶が曖昧で、自分が意識的に消したのかもしれない。
 
ただ、その夜
布団の中で冷たい足先を父があっためてくれたことを覚えている。
 
この時から、クリスマスの前に自分の好きなプレゼントを
親に伝えるようになったと思う。
 
思い返すと、私は小学校高学年まで父と一緒の布団で寝ていたのか?!
ちょっとゾっとするくらい
ビニールハウスで育っている箱入り娘ぶりだ。
 
はっきり言って、とても裕福とは言えない家庭だったが、
ワガママはさせてもらっていたと思う。
どんだけ必死に育ててもらっていたか、今になって痛感する。
 
 
サンタクロースの存在を長い間守ってくれた両親に感謝している。
禁断の質問をしてしまったのが、心残りだが
私がもし、親になることがあれば
サンタクロースの存在を信じてもらえるよう努力し続けるような気がする。
 
それが正解なのかどうかはわからないが
今でも遠い記憶の中で生き続けているクリスマスの思い出が
全てを物語っているような気がする。
 
サンタクロースは家族の形なのかな。
色んなサンタクロースの形があっていい。
 
大人になったら
友だちや恋人や同僚がサンタクロースになり得るのかな。
 
 
誰かの幸せのために努力しているのがサンタクロースなのかもしれないな。
 
20年以上前の父の言葉を、もう一度思い出してみるとかなり深い。
 
 
 
サンタクロースが存在するとは断定できない。
 
いるかどうかはわからない。
いないかもしれない。
 
 
でも信じるのは自由。
 
サンタクロースを探し続けるのは自由。
 
 
時には自分がサンタクロースにだってなれるんだよって。
 
 
 
実家特有の重たい布団で寝ると、変な期待をしてしまう。
もしかしたら枕元にサンタからのプレゼントが届いてるんじゃないかって。
そんなクリスマスイブの朝だった。
 
独身のアラサー女になった今でも、
クリスマスイブの朝にこんな淡い期待を抱ける自分に育ててくれた
両親に心から感謝したい。
 
今日の夜は家族みんなでクリスマスパーティーだ。
今宵、たくさんのサンタクロースがいることを願って
メリークリスマス!!
 

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